ふわふわ・セカイ

離人症・自傷跡のあるアラサー1児ママふわ子。怖いこと・しんどいことから解放されて自分らしく生きていく。

「好きなこと」があるというだけで強み

幼少期からずっと

絵を描くことが好きだった。

漫画を描いたり、落書きすることが

楽しみであり、息抜きだった。

 

大学受験を控えていたとき

私の希望は美術大学だった。

 

恥ずかしながら

〇〇になりたい、という明確な夢はなく

絵についてもっと理解を深めたくて

美術が好きな仲間たちが集まる環境に

身を置きたかった。

 

すごく、すごく単純な理由だけど

心がそんな環境を求めていた。

 

今まで友達といえる友達もできず

好きな絵に関する話もできる相手がいなかった。

美術大学でなら自分らしさをもっと表に出せるかもしれない

…なんて本当に単純に考えていた。

 

しかし、父にその進路について意見される。

「今どき絵で食べていけるわけない」

「頑張ったって無駄」

 

そう言われて、私は素直に

美術大学への道を諦めたのだ。

 

私には父の意見を押し切るだけの意見も情熱も持ち合わせていなかった。

ただ「好きなことだからもっと伸ばしたい」

なんてフワフワした理由で志望していただけなのだから。

 

それに、父こそが美術大学出身だった。

彼は大企業に勤め、デザイナーというポジションにいて

子どもの私からして父はカッコいい仕事をしているととても鼻が高かった。

 

なのに、いつも不幸せそうな顔をしていたのだ。

疲れた、が口癖で家族との時間も億劫そうにしていた。

その理由がわたしには分からなかった。

 

でもその姿こそが父の言った「努力しても無駄」

という言葉を証明しているようで

 

父は私に同じ道を歩ませまいとの優しさで

言ってくれているのだと受け取り

 

私が美術大学を諦めるのも難しくはなかった。

 

それから、私はなぜか外国語大学に行くことになった。

私には絵以外学びたいこともなかった。

ただ、英語はそこそこ得意だったという理由、それだけ。

そしてこの大学はなぜか父に反対されなかったからだ。

 

ここあたりから

私の情熱は迷子になったように感じる。

絵を描くことも徐々に楽しくなくなってしまった。

むしろ描くことが苦痛になってしまった。

 

絵を描くことに対し「意味のないことをしている」

と無意識に考えるようになったからかもしれない。

 

意味がないことなんてない。

好きな気持ちを失わないで欲しかったと今なら思える。

続けることが力になると強く思う。

 

人に意見されて、それで消えるような情熱なら

それまでのものだったのだ。

と言われればそれまでだけど

 

あそこで、父が背中を押してくれていれば…。

 

なんて今でも女々しく考えてしまう。

 

僕のヒーローアカデミアの主人公デクはすごいよ。

夢を追える可能性がゼロだと思った母親に

「ごめんね…」と言われたのに

彼は諦めなかった。それでもひとりで夢を追い続けてた。

並大抵の精神じゃないと思うよ。

 

親になった今…。私なら…。

娘がもし難関な夢を持った時…その情熱を消すような言葉はかけたくないと心から思う。

 

たとえその夢に失敗したとても

高い壁に立ち向かう精神

その過程で学んだこと

 

後で全部活きてくるんだから。

 

あと、やらなかった後悔するよりやってほしい。

「やりたい」って素直な欲求って

意外となかなか湧いてこない。

 

その気持ちを見つけたら、すごく貴重なものだから

大事に大事に育てて欲しいな…。(犯罪以外ね!)

 

最近また、絵を描きたい気持ちが戻ってきて

子育ての合間に仕事になることができないかな…。と考えていたことを夫に話したら

 

「お金稼ぎなんて0.0001%もできない」

(どこ調べ?)「意味がない」「別のことをした方がいい」

と言われたなあ。

 

現実はそうだって、わかってますよ…。

でもわかった上で、あえて

「がんばって!」って言って欲しいんだよ〜。

 

まだまだ絵を描くのが楽しいよりしんどい寄りです。

 

また、そのうち描きたくなる日が来るのかな…。